性能を追求した歯列矯正

第一大臼歯に対して、下あごの第一大臼歯が、どんな具合で噛み合っているかの分類は、 T、U、V級のたった三つのクラスです。
上下の第一大臼歯の前後的な関係は正常だが、そのほかに異常がある場合です。 歯並びが単純に凸凹したものや八重歯など、比較的簡単なものはこれに入ります。
下顎全体が前のほうに突きでたものです。 上下の第一大臼歯の関係でいえば、もちろん下あごの第一大臼歯のほうが前にでます。
「下顎前突」「反対噛合」の大部分がこのタイプということになります。 以上がアングルの分類ですが、この分類は確かに簡便で、特別な器械もいりません。
それだけにどんな歯並びでも全て分類できるわけではありません。 たとえば、開噛などは該当しません。
それに分類はできても、治療方針とは直接結びつくものでもありません。 このほか、「Tの分類」というのがあります。
私の恩師の故T先生が考えた分類法です。
これは治療法に直接結びつく分類法ですが、英語で発表されていればもっと広く普及したでしょう。 下顎全体が後ろに退いた状態です。
極端な場合、「あごなし」の感じになります。 「下顎遠心噛合」あるいは「見かけの上顎前突」です。
もちろん下あごの第一大臼歯は、基準である上あごの第一大臼歯より後ろにズレタ格好で噛み合います。 V級2類は、実は日本人には少ないタイプでしたが、最近はこういう噛み合わせの人が増えてきました。
日本人の顔の欧米化でしょうか。 骨のなかで永久歯が生える順番を待っている状態などは、一目でわかります。
拡大率、焦点ボケなどそれなりの欠点があるとはいえ、重要な検査法です。 第三大臼歯の水平埋伏などたちまち歯科でレントゲン検査といえば、大体ムシ歯の検査と誰でも考えますが、矯正科でのレントゲン検査は大分事情が違います。
もちろんムシ歯も検査対象ですが、それ以上に色々なことを知ることができます。 普通に撮る歯のレントゲン検査です。
ムシ歯の検査ばかりでなく、歯根のでき具合や、何らかの原因による歯根の吸収をチェックしたりします。 歯槽骨のチェックは成人の患者には不可欠です。

歯周病などで、歯の周りの歯槽骨が吸収を始めていれば、矯正治療の開始には警戒警報だか及したと思います。 ところでアングルやTの分類にも、共通した欠点があります。
それは上あごには異常がないと考えたことです。 これらの分類では、口蓋裂に代表されるような上あごや顔の発育不全、劣成長などの説明ができないのです。
セファロ分析法は正確には、頭部エックス線規格写真分析法ということは前にも書きました。 これには一定の規格された撮影条件があり、これで顔のレントゲン撮影をし、その結果を正常噛合の人たちの標準値と比較する方法です。
単にあごがでているという代わりに平均より何ミリでているか、歯の軸が何度余計に傾斜しているかという具合に、画像からの情報を数字化して説明することができます。 また、同じ患者さんの成長変化や治療による変化を数量的に表示することができます。
この方法は、一九三八年アメリカとドイツで同時に開発されたのですが、アメリカの方がやや実用性が高かったこと、英語で発表されたこと、有力な企業の後押しがあったこと、などからB博士の名がドイツのF教授より有名になり、この方法が導入されて以来、歯科矯正学は一層科学的な根拠をえたといわれています。 診断する専門医の主観や経験にだけに頼らず、より客観的に診断することが可能になったからです。
現在このセファロ分析は、歯科矯正治療はもちろん、頭蓋顎顔面外科や形成外科などの領域でも広く使われるようになりました。 顔の分析といっても、普通は横顔の分析です。
あごがでているとか、引っ込んでいるとかは横顔で分かる顔からです。 望ましい顔といても、好みの問題が入ってきますので、一概に基準はこれだ、ということには問題がありそうです。

ただ、私どもの矯正歯科医がこの線に上下の唇の先端が軽く接触するのが日本人の顔としては好ましいのです。 欧米の白人種のなかには上下の唇がはるかに引っ込んでいる顔、逆にいえば、鼻とあごが突き出ている人が多く、この基準は通用しないことがあります。
それだけ残念ながら日本人の顔は肩平で、鼻が低いのでしょう。 顔の正面の分析は、横顔ほどはあまり行なわれません。
人間の体は必ずといっていいほど左右非対称です。 多少の違いは気にしないことです。
ただ、あまりひどい場合には、顎変形症の外科矯正が可能です。 噛み合わせる力を測定し、顎変形症や顎関節症など、あごの運動の機能検査が必要な患者さんも結構いるものですが、専門的なので説明はここでは省かせて頂きます。
Eラインは一般受けする以上のように、検査法はどんどん開発されています。 大事なことは、精密な計測器や分析装置で調べあげた検査の結果をいかに活用するかにあります。
患者さんからえられた検査データは、まず平均値と比較されます。 どの程度平均値と離れているかを調べるのです。
検査結果のデータが、全ての情報を網羅しているとは限りません。 だから、こうした検査の数値だけで、すぐ結論をだすのは危険です。
経験豊富で老練な名医は、その辺のことを十分ご存知です。 だからこうした検査結果のほかに、数字化されていない患者さんの個別的なこと(歯周疾患、年齢、基礎体力、回復力、栄養遺伝的背景、協力度)から、医者として一番知りたいデータを見つけだそうとします。
名医といわれる人ほど親切丁寧なのは、そうした探究心が旺盛だからだともいえます。 そのため、一層患者さんからの信頼も得られ、うちとけた会話の中から巧みに情報をひきだすことができます。
これで検査結果も生きてこようというものです。 冷静で客観的な診断はこうしたことの裏付けがあって、完成度を高めてゆくのだと思います。

歯が凸凹しているといった簡単な診断は、患者さん自身でも可能です。 けれども、あごの骨の成長に関係しているような症例や、これから悪化すると思われるような顎変形症の診断など、顔の美醜に関係する患者さんの微妙な心理や希望などは、検査結果のデータの数値からだけでは読みとることはできないのです。
私も、毎日同じような仕事をしているのですが、新しい患者さんに接するたびに若い医局員や学生に囲まれながらも、果たして自分でこの治療ができるかな、といった思いがいつも脳裏をかすめます。 どの患者さんに対しても「薄氷を踏む思いでいる」ということを、正直に若い人達に話します。
偽らざる心境だからです。 一方、私の書いた本や文章を読んだ方から、よくお手紙を頂きます。
読んで頂いたことは大変嬉しいのですが、一つ困ることがあります。 それは患者さんから自分の歯はどう治療して貰うのがいいのか、といった質問をお受けすることです。
直接患者さんを診ていないのでお答えできないのが一番の泣き所です。 診断がすめば、いよいよ治療についての作戦開始です。
大学には将来の矯正専門医を目指して、若い研究生が集まります。 こうした人たちと、患者さんの治療方法についてセミナーを開いて、患者さんを前にしてのディスカッションが始まります。
臨床家として、一番エキサイトする時間でもあるのです。 どんなに診断が正しくても、治療目標を誤り治療計画が未熟だと、治療は成功しません。

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